
私が、現在暮らしている地域に移り住んで、3年と少しが経ちました。
そして今回生まれて初めて私は自治会の組長に任命されました。
というと、大変大袈裟ですが、ご近所で区分けされた班の中で
順番に回ってくるお仕事がとうとう回ってきたのです。
正直、「あぁきちゃった」と思ってはいたのですが、
一年我慢すれば終わるからと考える事にしました。
私は、小心者ではないので、
根の性格は何かを率先してやるのは好きなのですが、
こと自治会という制度体制や学校などの機関に対して馴染めないものがあります。
学生の頃は、何をしても、普通にしていても問題児扱いされてきたので、
それが完全にトラウマになってしまっています。
悪いことをしたり、イタズラや反抗をして問題児扱いならわかりますが、
何でも堂々とやる性格や態度が教師の目につき何故か問題にされてしまうのでした。
結局、この頃に「何で私は認められないの?」「私はそんなにいけないの?」
と毎日悩んできたことが、今日の仕事へと繋がっていくのです。
私には、人が自分に嘘をついて生きることや思いと違う行動をとることが
不思議で仕方ありませんでした。
そして、互いの個性や違いを面白がるよりも恐れている事をとても残念に思いました。
そんな私も、社会に出れば自由になるかと思っていましたが、
すっかり居場所がなくなってしまい、
気づけば、一番ならないだろうと思っていた大人になっていました。
人を羨ましいと思うせいで、ひがんでみたり、
望んで手に入れればよいだけのものをどうせ無理だと望む事もしなくなったり。
生きる事への愛情も自分の勇気を試す機会にもすっかり臆病な自分になっていきました。
私が今日お話をしたい事は、
それでも、人はいくつになっても自分が一番輝いていた時、
人生にわくわくしていた時と同じ、むしろそれ以上の自分になれるという事です。
年齢を重ねると人は、どんどんチャレンジをしなくなります。
経験がすべてのブレーキとなり、
無邪気に何でも怖がらずに選べた頃のようには、選択できなくなっていきます。
けれど、よくよく観察をし、今、目の前に起きている事に注意深くなるなら、
常にそれは、本来の自分(最高の状態の自分)に戻る機会であり、
私たちはそれを24時間与えられている事に気がつきます。
さて、私はこのように、人とは違う行動をする事で罰せられてきた経験から、
気づくと集団行動を怖がるあまり避けて反抗するようになっていました。
そこには、叩かれる前に叩いてしまおうというような行動が生まれて、
自分に、「私は人が好きではない」「集団は私には合わない」「人は私を必ず否定する」というレッテルを張るようになっていったのです。そうするとそのような機会に出会うと妙に冷めた態度をとってみたり、皮肉になったりするようになっていきました。
ですから、私はいつからかよく「冷めてるよね」と人から言われるようになっていたのです。
でも、内心は人が好きですし、人と行動する面白さ、努力の喜びを知っているので、心の内側で分離が起きるようになっていくのです。これが多くの方が体験している「自分が嫌い」という感覚と原因です。
ところで、冒頭の組長のお話ですが、
私は、この機会を神様のギフトとして受け取りました。
自分が一番避けたいことに心を開く時、人はその中から最高の贈り物を受け取るようになります。
私は、初のお仕事として一軒一軒自治会費の集金に伺う事になりました。
ご挨拶程度のご近所さんのお宅のベルを鳴らして、
「お金を下さい」というのですから緊張します。
けれど、私の緊張とは裏腹に皆さんご丁寧に「ご苦労様」と言って下さり、
私が初めてであり、わからないという事をもう既にご存知で、
どのお宅へ行ってもそれぞれにとても詳しく、
「これはこうするといいよ」「これはあまり参加しなくて大丈夫よ」
と、丁寧に教えて下さるのです。
私の班の方々は、私の両親くらいの年齢の方が多く、
長く住んでいる方が多いので私が仕事を持っていて忙しいと知ると、
とても気づかって下さって頭が下がりました。
後からわかった事だったのですが、引っ越した当初家の並びの順番として、
私の家が副組長になる番があったそうです。
けれど、その時の組長だったご近所の方が気を使って下さって、
こちらに負担がかからないように配慮してくれ、私たちにはその事を言わなかったそうです。
こんなに優しくて思いやりのある人たちに囲まれて暮らしていたんだなぁと、
その事を改めて感じさせられ、感謝の思いが溢れました。
どんなことも(この場合自治会という制度も)、
結局は、人が生み出し、それを心が繋いでいるのですね。
蓄積していた恐怖と創り上げていた集団への恐怖がまた、
すぅ〜と消えて癒されるのを感じました。
今、地域の繋がりが弱いとか、ご近所付き合いがないとか、
これらは人間としての力を弱めるものだと感じています。
その土地への意識や愛情が実は、犯罪や事故を招かない要因でもあります。
余談ですが、事故が起きる、犯罪が起こる場所には愛のエネルギーが足りません。
愛は調和ですので、愛が足りない場所には不調和が起こります。
私は今、自治会というものを通して、
また人を愛する機会を頂いています。
普段、こんなことでもなければ話す事もないような人たちであり、
誤解、面倒、考え方が違うだろうというレッテルで触れ合わない人たちに、
親しみを感じます。
人間の根源は本当に愛なのだと改めて思い起こしているのです。
目の前に起きるさまざまな問題は、どんなものであれ、
必ず自らが心を開くならそれは愛に変わります。
自分を高め神聖な気づきをもたらす機会となります。
そして、その時自分の中に再び愛の炎が甦ります。
人間が持つ、最も純粋な愛は決して消える事はありません。
どのような人にもこの愛はあり、その炎は再び灯される機会を待っています。
私たちが日々経験するあらるゆ事の中には、
一瞬ですべてを愛に変えてしまえる力が宿っています。
それに気づき、それを自分のものにするか、しないかは自分次第なのですね。
愛と希望を込めて。。。明日香
____________________________________________

表参道 オーラ・チャクラのケア専門プライベートサロン
グロッセ明日香ヒーリングサロン
http://aska.luna.bindsite.jp/