サティアの涙



『カンタ!ティモール』監督 広田 奈津子さんインタビュー

c0166427_15553315.jpg
地湧社隔月刊「湧」278号より
♦映画『カンタ!ティモール』監督 広田 奈津子さんインタビュー


「笑い合い、許しあうこの星の生き証人」

 二十四年間にわたりインドネシア軍占領下で、住民の三人に一人が命を落とし、民家の九割が破壊された東ティモール。日本も深く関わったこの島の悲劇とその中を生き抜いた奇跡の人々。その東ティモールをみつめた映画『Canta!Timor』の広田奈津子監督にお話を伺いました。

 あの山が見えますか?東谷山といって、頂上に古墳と神社があるんです。私はここ名古屋市守山区で生まれました。四人兄弟の末っ子で、いつも森で野放し状態で遊んでいるような子供でした。しかし私が生まれてからこの三十年くらいの間にものすごく開発が進んで、森がなくなって行くのを見て、育ったようなものなんです。私には森にお気に入りの場所があって、そこにある大きな木にこちらの考えていることは伝わっていると思い込んでいて、何か嬉しいことや悲しいことがあるとそこに行って聞いてもらう...そんな存在の場所があったんです。
 その木が伐られて、森が更地になって宅地になりました。たぬきの親子がいたり、色んな生きものが住んでいた場所が、まるでいのちがないかのように扱われたことがすごくショックでした。高校を出た頃『父は空 母は大地』(パロル舎刊/現在絶版)という絵本に出会い、立ち読みなのに涙で本がぐちゃぐちゃになるくらい感動したんです。そこではインディアンの酋長が大地を母と呼んでいました。私が森に感じていた母性と同じでした。こんな大人もいたんだ!という初めての嬉しい衝撃だったんです。
 その後カナダに行く機会ができ、いろんな部族が集う儀式で、ある先住民のおじいさんに出会いました。森が伐られて悲しんでいる私に、そのおじいさんが「もう泣かなくていいい。太平洋を囲んで森を殺さない人たちが生きているから会いに行きなさい」と言ってくれたんです。
その言葉を胸に大学時代は隙あらば海外に出かけて行き、原体験として私の中にあった、大きなものに抱かれ、森と共に生きている人々に出会って元気をもらいました。そうしているうちに東ティモールに辿り着いたんです。

c0166427_15554713.png

笑わないと人間じゃない
 日本で子どもに勉強しなさいと言うみたいに、東ティモールでは大人がしょっちゅう子どもに「笑いなさい」って言うんです。私達も、三ヶ月の撮影中ホテルには一泊も泊まらず行く先々で民家に泊めて頂いたんですけど、よく挨拶みたいに「笑いなさいよ」って言われました。
c0166427_1557915.jpg
 東ティモールの人々は壮絶な過去を抱えています。だけど日々の暮らしは笑顔に満ちていて「笑いなさいよ。冗談にしなきゃダメよ」って言うんですね。それは映画を撮影する上ですごく救われましたね。これはポリネシアの島で聞いた話ですけど、神様が天と地と動物を創っていって、そして大きな木の根本に人間を座らせて、仕上げにお腹をくすぐるんですって。そうしたら人間が大笑いして、それで人間が完成しましたっていう創世神話があるんです。ティモールもそういう神話や言葉を共有する地域です。だからなのか、笑わないと人間じゃないんだっていうくらい、ポリネシアも東ティモールの人達もすれ違うときに目が合っただけで笑ってくれるんです。東ティモールで三ヶ月過ごして、日本に帰って来て空港でつい通りすがりの人にニコってしちゃったら、「あれ?誰でしたっけ?」っていう反応をされて、あっ、しまった、ここは日本だったって(笑)。
 お母さん達がまた楽しそうで、アジア最貧国でものは全然ないのに、七人、八人安心して子どもを産んでいます。子供達も母と呼ぶ存在が五、六人いて、ものすごく叱られるとそのまま逃げていって、他の家でご飯を食べて寝て、ほとぼりが冷めたころ帰ってくる。すごくゆるーい親子関係で、親も子も楽だろうなって思います。
東ティモールの戦争では三人に一人が亡くなっていて、生みの親をなくした子どもは大勢います。母親が何人もいる社会では、そんな子供たちを放置せず育てていく。ティモールにはいとこや叔父、叔母という言葉がなくて、親兄弟と呼び合いその役割を果たすんです。村のコミュニティ全体が家族のようで、いたるところで子どもが遊び、神社があって、お母さん達は共同のキッチンがあって、そこではいつも誰かが何かしてて、何か食べられて、問題が起これば大人達が三日三晩話し合って解決する。頼もしい社会だなぁ、と思います。日本は議会制民主主義を取り入れて他人任せになってからおかしくなったのかもしれないですね。

c0166427_15554476.jpg

怒るのは神様がやる
 東ティモールの人々に、あんなにひどいことをされて、なぜ許せるんですかって聞くと、みんな何だか答えが曖昧だったんです。そう言われても...って。他者と自分の境い目が明確な現代社会からすると、酷いことをした相手を許せるというのは不思議です。でもティモールにいると、何十人もの大家族に加えて動物たちもごちゃっと一緒にいて、毎日何かを弔い、何かが産まれて、何かを殺して食べて...。直接いのちに触れ合う日々の中では、自分も他者も命は一つらなりにあって、死んで終わりではないことが感じられます。もちろん戦争のトラウマは深く、簡単じゃありません。でも、大きな命に抱かれた安心感と、基本として愛し合うのが人間でしょっていうのが言葉にするまでもなく、染み付いているかのようにあるんですね。それをわざわざ聞き正すと、「家族がいっぱいいるからかな」、「いつも誰かが話を聞いてくれるからかな」とか「ティモールの人は忘れっぽいのかな」ってひねり出してくれるんですけど、私はたぶんもっとそれ以前の染み込んだ何か、それはやっぱりいのちの捉え方なのかなって思います。
 村の泉にワニがいて、村人はワニをおばあちゃんって呼ぶんです。母方の先祖だそうで「おばあちゃん水もらうよ」って言って水を汲むんですね。すごく敬っていて、信仰的に大事にしている。ところがインドネシア軍が攻めてきたときに、ワニの皮や、肉も漢方薬として高く売れるので、そのワニが殺される事件が起きたそうです。大切なおばあちゃんを殺されて、それはさぞ怒ったでしょって村の人達に言ったら「えっ?怒るのは神様がやる。我々は弔った」って言うんです。すごく大事に弔ったワニのお墓があるんです。そして当然のように、ワニを運ぶインドネシア兵の船が沈むとか、色んなことが起きているんですよ。え〜不思議って私は言うんですけど、向こうの人は、だってそうなんだからって。手を離せば物は落ちるみたいな、普通の物理法則のように言うんですね。大きな物を信頼して委ねているから、物事や、自分の人生に起きることもコントロールしようとしていない。それを見ると、私の個人的な許せない過去とかも、委ねて行こう、と思いました。すごく小さなスケールですけど(笑)。

c0166427_15583617.png

連綿と続いたみんなの夢
 東ティモールでは、ほぼ全員が友人や家族を殺されたつらい経験をしているので、親しい友達にも自分の経験を話していない人が多いんです。それを話すのは、トラウマを再び味わうことになるし、簡単に聞き出すことはできませんでした。インタビューする度に、「日本の戦争ビジネスへの加担はまだ終わっていないんです。でも、日本にも平和を創ろうと頑張っている人達がいます。彼らのために語ってくれませんか」ってお願いしました。それは、「そういう人達に届けるからね」っていう私の中で約束みたいになっていきました。映画が出来上がって、宣伝配給会社に任せようと当然のように考えていた時、配給システムと宣伝費用に最初からすべて頼ろうとしている自分が何だかずるをしている気がしてきて。彼らの言葉や歌は、私たちが勝手に流通させる品物ではなく、預かってきた届け物だから、当てはなくても、自分で配達しなきゃと思ったんです。それで、直接人に会って作っていく自主上映という形でスタートしようと決意しました。それまでは、ひとりでも多くの人に、と単純に考えていて、数のトリックというか、千と百だったら百のほうが小さいと頭で思い込んでいたんですけどそうじゃないんですね。
 東ティモールの人たちと会って感じたのは、「死んでなお働こうとしている人たちがいるんだ」ということです。不思議な話ですが、そういう人たちに助けられてこの映画は出来上がったように思うんです。映画に関してまったくの素人が、何百時間と撮影をしてそれをまとめるというのは、周りの人たちの目に見える助けだけでなく、不思議な偶然が起きなくては進まないことが度々ありました。例えば、編集室には私しか入らないのに机の上にテープが出ていて、あれ?しまったはずなのに?と思って機材に入れてみると、見落としていたけれどまさに映画に入れるべき大切なシーンが頭出ししてあるというようなことが起きたり。私は鈍感で見えない質ですが、そういうことに出会うと、一人の人の、たった一人の魂というか、力というか、本当に平和を願った強さっていうのは、死んでもなお働き続けるものなのかもしれない、と思うようになりました。以前は、一人の力は小さいから大勢が同意しないと変わらないと思っていましたけど、一人が持つ力を信じられるようになっていったんです。それを思うと、たったひとりにでも届けることができたという手応えがあると、それだけで何だかとてもホッとします。

c0166427_1611518.jpg 東ティモールの人たちがやったことは、国連もアメリカも、世界は無視しているけど、本当に強いのはいのちの方だよって見せてくれた生き証人のような気がしています。インドネシア軍には欧米から大量の武器が入り、日本は巨額の開発援助で支えました。岩手県ほどの国土で七十万ほどしかいない人達を、二億人国家のインドネシアから派遣された巨大な部隊が陸海空から攻め込むわけです。東ティモールは一日で陥落すると言われた攻撃でした。でも、その圧倒的な力の差を前にしても、東ティモールの人達はあきらめず対話を求め続け、敵方の兵士を許す努力をし、一人一人を見方につけていって、ついには巨大な軍を撤退させました。愛の方が強いんだととか、武力で奪えないものがあるとか、歌で歌われるようなことを、私たちは子どもじみた理想だと笑いがちですが、東ティモールの人達はそれを現実の世界で見せてくれた感じがして、それは本当に嬉しいことです。

 昨年、映画に出てくる青年アレックスに会ってきました。東日本大震災後の復興を彼らも祈ってくれていて、なけなしの募金をくれたんですけど、特に原発事故のことについて、「自分たちは石油資源の戦争ビジネスに巻き込まれ、それを冷静に見てきた世代だから、原発の後ろに簡単じゃないことがいっぱいあるのは想像している。でも、この大きな試練の中で、日本の人たちは頑張っているのでしょう」とある伝言を預かってきました。
「自分たちの仲間が十人しか見えなくて、対する物が巨大で、千人にも見えても、いのちに沿った仕事というのは亡くなった人の魂がついていてくれるから、絶対に大丈夫。恐れずに進んで下さい。仕事の途中でいのちを落とす事があるかもしれないけど、それでも大丈夫だから恐れないで。でもどうしても自分たちが十人にしか見えなくなって不安になったら、僕たちのことを思い出して。僕たちは小さかった。巨大な軍を撤退させるのは奇跡だって笑われた。でも最後には軍隊は撤退しました。それは夢でも幻想でもなく、現実に起きたこと。目に見えない力は僕らを支えてくれたから、どうか信じて下さい」という伝言でした。
 先に歩く者が露に濡れるというか、それぞれみんな本当にきついところをかき分けていると思うんですよね。でもきっとじかに見えなくても一緒にいてくれる人達がいて、今まで連綿と続いてきたみんなの夢みたいなものがますます力を持って、現実できるんだろうな、彼らを見ていると信じれるってそう思います。

『カンタ!ティモール』へ現在自主上映のみで観ることができます。
公式サイト:
http://www.canta-timor.com/


予告編はこちら:

____________________________________________

c0166427_15103699.jpg
オーラの情報に基づいたカウンセリング&ヒーリング
グロッセ明日香 ヒーリングサロン

http://aska.luna.bindsite.jp/
[PR]
by askaina | 2012-12-19 16:02
<< vol.0286 全人類の使命 vol.0285 イエス >>


サティアSathyaとは、「真理」を意味するサンスクリット語です。生きる上で私たちが求める「真理」からのメッセージを美しい写真と共にご紹介しています。

by グロッセ明日香
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30